全もくじ
アイスクリーム屋さんの店長は32歳処女
11話「真理、心と心が結ばれる」
―――出張当日、早朝
昨夜、間違ってアンダーヘアーを全部剃ってしまい、念願の夢だった初体験を迎えられるかもという淡い思いは、あくまでも想像の中のこと、とアンダーヘアーを気にしないよう心掛けながらも、淡い思いを捨てきれず、期待感を持ってお気に入りの下着の中から選りすぐりを選んで就寝した。
その数時間後、起床時間よりも早く目覚めてしまった。
「今日は郁夫くんと出張!」
いつもなら寝起きは寝ぼけている時間帯。今朝は気持ちがソワソワして落ち着かない所為か、頭がすっきり冴えている。それほど、郁夫と出張へ行けることが嬉しくて浮かれていた。
普段、郁夫へ会っていられるのは業務連絡からお客さんの様子を見る一、二時間程度。今日と明日はずっと会っていられるので、浮かれるのも当然と言えよう。
起床時間よりも早く起きた真理はソワソワして落ち着かないから、落ち着かない気持ちを紛らわせようといつも通り仕事へ出かける準備しながら、昨夜準備したお泊りセットも確認して、いつもより念入りに髪をとかし、化粧もして身だしなみを整えた。
しっかり身だしなみを整え、出張へ行く準備も終わり、早く起きた分やることがない。
コーヒーを飲みながら時間を合わせようとするも、ソワソワして落ち着かない。まだ時間には早いが、待ち合わせ場所でもある店の駐車場へ向かうことにした。
いつもと同じ道路、いつもより早い早朝の時間帯を車で走っている。
早朝はイベントなどで忙しい時期にしか走らないので、同じ道を走っていても雰囲気が違って見えた。いつもよりオレンジ色に見える朝陽、道路の混み合い、朝早くから大好きな人の元へ向かってと思うと、新鮮な気持ちになれた。
そのまま新鮮な気持ちで車を走らせていると、やはり早く店の駐車場へ着いてしまった。
人の気配がない閑散とした駐車場で早く郁夫が来ないかなと待つも、まだまだ時間がある。
郁夫と会ったら本社まで行く時間、車の中で二人きりになるから、待っている間、化粧をチャックして暇をつぶした。
それから間もなく、郁夫も予定よりも早く駐車場へやって来た。
「おはようございます」
真理は車から降りて郁夫を出迎える。やっと会えた嬉しさから照れ隠しするように他人行儀へなってしまうも、早朝へ似合う爽やかな顔をしていた。
寝起きの顔がまだ残っている郁夫もニコニコと爽やかに挨拶を交わす。
「おはようございます。
真理ちゃん、早いね。俺の方が少し待つかなって思っていたけど」
「久しぶりの出張だったから…」
郁夫へ会いたくて早く起きてしまったなどと言えないから、適当に言って誤魔化す。
「そっか。
それじゃ早速、予定より少し早いけど行こうか」
「うん!」
待ちに待った二人きりの時間。デートじゃないけど胸が踊る。浮かれてしまうのを隠して郁夫の車へ乗った。
「久しぶりの助手席…」
エリアマネージャーの仕事は移動距離が多いため、会社から軽自動車を支給されている。真理も軽自動車だけど、普段から人を乗せないため、改めて軽自動車の狭さを実感した。その狭さが真理の心をドキドキ跳ね上がらせた。
「それじゃ、出発進行!」
郁夫はまだ眠たそうな顔をしているのに、テンションが高い陽気なかけ声を言って車を走らせる。
郁夫が真理よりも少ない出張でテンションが高いのか、それとも、郁夫も真理と同じ気持ちなのかは、今の時点では真理は知らない。
「朝からテンション高いね」
「そりゃ、名誉ある出張だから」
今回はエリア限定の試験販売に合わせて勉強会、イベントの打ち合わせも兼ね合わせているから、郁夫の言うことは満更でもない。
「私にとってはただの打ち合わせだけど」
「さすがイベント部長。言う事が違いますねー」
真理はドキドキ胸を躍らせながら郁夫の顔を覗くと、数か月前、学生時代から再会して、それから見せたこともない笑顔へなっていた。真理はその笑顔が郁夫も真理と一緒にいられる喜びで笑顔になっているように見えた。
「うふふ…」
「どうしたの?
急に笑い出して?」
「郁夫くんが今まで見せたことない笑顔になっているから…」
「そんなに笑顔へなっている?
朝早くから出張だから、妙にテンション高いからかな」
郁夫は素直に今の気持ちを伝えたのだけど、真理には照れ隠しているように見えた。
郁夫も運転をしながら真理の顔をチラチラ覗く。
真理の顔は二人きりになって緊張しているようにも見えて、どこか二人きりになれた嬉しさで喜んでいるようにも見えた。
「真理ちゃんもニコニコ嬉しそうな笑顔になっているよ。
俺とトライブがそんなに嬉しい?」
郁夫は素直な気持ちを隠さず揶揄うように問う。
「そ、そ、そんなことないよ」
真理は図星を当てられて焦ってしまい言葉を詰まらせた。
「嬉しくないってことは、俺の事嫌いなんだ…」
「・・・・・・・」
嫌いじゃない!
大好き過ぎて、このままずっとずっと一緒にいたいくらい。
真理は心の中でそう思っても、答えることができなかった。
しかし、郁夫の顔を覗きながら、今の言葉を良いように解釈して考えてみれば、照れ隠しした告白のやりとりとも取れた。32年間彼氏ができなかったのに、返事をしっかり返せなかったら、これから先、郁夫を想う気持ちが叶わないどころか、もう彼氏ができないかも知れない。
真理は胸がドキドキ跳ね上がって飛び出しそうなくらい緊張を堪えながら、一生に一度の勇気を振り絞って答えた。
「き、き、き、嫌いじゃないよ。
い、い、郁夫くんは、す、す、す、好きだよ」
真理は言葉を詰まらせながら、産まれて初めて告白の返事を返すことができた。
「へー。俺の事好きなんだー」
心臓が飛び出しそうなくらい勇気を持って答えたのに、あっさり揶揄われたような返事が返ってきた。
その軽い返事が泣きたくなるほど悲しくて、とても切ない。
「そういう意味じゃない」
と悲しくなった気持ちを誤魔化すも、涙が溢れてきて、たまらず窓の外を見て誤魔化した。
車窓から流れる風景がいつの間にか高速道路の風景へと変わっていた。
郁夫と二人きりになれて舞い上がっていたのに、その想いが終わった。
高速道路へ乗ってから本社まで約一時間。その間、郁夫と二人きりの車内でずっと悲しい気持ちでいると思うと、もう帰りたい。溢れた涙が零れそうになった。
郁夫は成り行き任せへなってしまうが、アイスクリームが大好きな真理をもっと知り、処女も射止めて、心と身体をもっと知りたいと思っていた。
今の流れならそのタイミングだろう。
高速道路へ乗ってから安全確認が忙しかったので、ワンテンポ遅れて返事を返した。
「俺もそういう意味じゃないけど、真理ちゃん好き、かな…」
言葉だけではなく、真理の心も射止めるように手をギュッと握りしめた。
「え!? 」
どん底へ落ちた悲しい気持ちから急展開。
そういう意味じゃないけど、私が好き!
そういう意味じゃないけど、私が好き!
そういう意味じゃないけど、私が好き!
大事なことなので心の中で三回復唱してから、舞い上がる気持ちをぐっと抑え、真理も手を握り返した。
郁夫の手は真理の華奢な手より大きくてぶ厚い。なにより郁夫の体温が温かく感じる。真理も今までにないくらいの満面の笑顔を浮かべ、言葉を続ける。
「そういう意味じゃないからね…」
郁夫は結婚しているから素直に『好き』と言えない。『そういう意味じゃない』と言葉を付け加えてやんわりと誤魔化した告白をしたのだ。
つまり、郁夫は結婚をしているけど、今の瞬間、真理と郁夫の心が結ばれたのだ。
真理は生まれて初めて大好きな人とお付き合いができる喜びを隠そうともせず、ジッと郁夫を見つめた。
郁夫は運転に集中しているのか、真顔で運転している。
「真理ちゃん、そんなに見つめられると照れくさいよ。
俺は運転しているのだから、真理ちゃんもしっかり前を見て」
郁夫が真理へ声をかけても、真理は嬉しさのあまり耳に入っていない。
ずっと郁夫を想い、郁夫がちょっかい出してくるから好かれているかもという思いがあったからこそ、今の瞬間が信じられないのだ。
「…ねぇ、真理ちゃん。
…真理ちゃんってば」
純情な少女が告白されて固まってしまったように、身動きしない真理の反応から、少し面倒な子だったのかなとも思うも、前にもこんなことがあったなと、極度の恥ずかしがり屋だったことを思い出した。
握っている手を繰り返しギュっギュっと握って気付かせる。
「あっ!
ごめん。
つい、本社へ行ってからのことを考えていたから…」
真理は今までの想いや郁夫の態度が何度も繰り返し脳裏へ甦り、ぼっとしていたことへ気付き、何を言われたか分からないから適当に誤魔化してみるも、やっと叶った想いから真理もギュッと握り返して、決して手を離そうとはしなかった。
「俺の顔をぼんやり見つめながら、本社から先の事って、なんか嘘くさいなぁ」
「嘘じゃないよ。
本社から来る二人も久しぶりに会うなぁとか、前エリアマネージャーは元気にしているのかなぁとか、いろいろ思っていたところ…」
それから真理は、気持ちが舞い上がって落ち着かないのか、手を握ったまま一方的に話続けた。
郁夫は真理が32歳になって初めて彼氏ができたことを知っているから、温かい気持ちになって話へ付き合い、話を聞きながらもこれからの展開を考え、これからの楽しみを思いながら、早くこんな真理を抱きたい、と男心を踊らせていた。
「今日の真理ちゃんは随分おしゃべりだね。
やっぱり女性はおしゃべりが好きなんだね」
「そそそ、そんなことないよ。
郁夫くんが眠くならないように、話しているだけ…」
真理と郁夫はそれぞれ別の想いをしながら、車内で二人きりの時間を楽しみ、会話を楽しんだ。
それからしばらくして、その楽しい時間が終わろうとしている。
高速道路を降りて、本社近くまでやってきたからだ。
「はぁ…
もう、本社か…
もっと郁夫くんと二人だけで話していたかったなぁ…」
真理は素直な気持ちを隠さずつぶやいた。
そのつぶやきが耳へ入った郁夫は
「時間を見つければ、いつでも二人きりになれから…」
と、つぶやき返した。
もくじへ戻る
アイスクリーム屋さんの店長は32歳処女
11話「真理、心と心が結ばれる」
―――出張当日、早朝
昨夜、間違ってアンダーヘアーを全部剃ってしまい、念願の夢だった初体験を迎えられるかもという淡い思いは、あくまでも想像の中のこと、とアンダーヘアーを気にしないよう心掛けながらも、淡い思いを捨てきれず、期待感を持ってお気に入りの下着の中から選りすぐりを選んで就寝した。
その数時間後、起床時間よりも早く目覚めてしまった。
「今日は郁夫くんと出張!」
いつもなら寝起きは寝ぼけている時間帯。今朝は気持ちがソワソワして落ち着かない所為か、頭がすっきり冴えている。それほど、郁夫と出張へ行けることが嬉しくて浮かれていた。
普段、郁夫へ会っていられるのは業務連絡からお客さんの様子を見る一、二時間程度。今日と明日はずっと会っていられるので、浮かれるのも当然と言えよう。
起床時間よりも早く起きた真理はソワソワして落ち着かないから、落ち着かない気持ちを紛らわせようといつも通り仕事へ出かける準備しながら、昨夜準備したお泊りセットも確認して、いつもより念入りに髪をとかし、化粧もして身だしなみを整えた。
しっかり身だしなみを整え、出張へ行く準備も終わり、早く起きた分やることがない。
コーヒーを飲みながら時間を合わせようとするも、ソワソワして落ち着かない。まだ時間には早いが、待ち合わせ場所でもある店の駐車場へ向かうことにした。
いつもと同じ道路、いつもより早い早朝の時間帯を車で走っている。
早朝はイベントなどで忙しい時期にしか走らないので、同じ道を走っていても雰囲気が違って見えた。いつもよりオレンジ色に見える朝陽、道路の混み合い、朝早くから大好きな人の元へ向かってと思うと、新鮮な気持ちになれた。
そのまま新鮮な気持ちで車を走らせていると、やはり早く店の駐車場へ着いてしまった。
人の気配がない閑散とした駐車場で早く郁夫が来ないかなと待つも、まだまだ時間がある。
郁夫と会ったら本社まで行く時間、車の中で二人きりになるから、待っている間、化粧をチャックして暇をつぶした。
それから間もなく、郁夫も予定よりも早く駐車場へやって来た。
「おはようございます」
真理は車から降りて郁夫を出迎える。やっと会えた嬉しさから照れ隠しするように他人行儀へなってしまうも、早朝へ似合う爽やかな顔をしていた。
寝起きの顔がまだ残っている郁夫もニコニコと爽やかに挨拶を交わす。
「おはようございます。
真理ちゃん、早いね。俺の方が少し待つかなって思っていたけど」
「久しぶりの出張だったから…」
郁夫へ会いたくて早く起きてしまったなどと言えないから、適当に言って誤魔化す。
「そっか。
それじゃ早速、予定より少し早いけど行こうか」
「うん!」
待ちに待った二人きりの時間。デートじゃないけど胸が踊る。浮かれてしまうのを隠して郁夫の車へ乗った。
「久しぶりの助手席…」
エリアマネージャーの仕事は移動距離が多いため、会社から軽自動車を支給されている。真理も軽自動車だけど、普段から人を乗せないため、改めて軽自動車の狭さを実感した。その狭さが真理の心をドキドキ跳ね上がらせた。
「それじゃ、出発進行!」
郁夫はまだ眠たそうな顔をしているのに、テンションが高い陽気なかけ声を言って車を走らせる。
郁夫が真理よりも少ない出張でテンションが高いのか、それとも、郁夫も真理と同じ気持ちなのかは、今の時点では真理は知らない。
「朝からテンション高いね」
「そりゃ、名誉ある出張だから」
今回はエリア限定の試験販売に合わせて勉強会、イベントの打ち合わせも兼ね合わせているから、郁夫の言うことは満更でもない。
「私にとってはただの打ち合わせだけど」
「さすがイベント部長。言う事が違いますねー」
真理はドキドキ胸を躍らせながら郁夫の顔を覗くと、数か月前、学生時代から再会して、それから見せたこともない笑顔へなっていた。真理はその笑顔が郁夫も真理と一緒にいられる喜びで笑顔になっているように見えた。
「うふふ…」
「どうしたの?
急に笑い出して?」
「郁夫くんが今まで見せたことない笑顔になっているから…」
「そんなに笑顔へなっている?
朝早くから出張だから、妙にテンション高いからかな」
郁夫は素直に今の気持ちを伝えたのだけど、真理には照れ隠しているように見えた。
郁夫も運転をしながら真理の顔をチラチラ覗く。
真理の顔は二人きりになって緊張しているようにも見えて、どこか二人きりになれた嬉しさで喜んでいるようにも見えた。
「真理ちゃんもニコニコ嬉しそうな笑顔になっているよ。
俺とトライブがそんなに嬉しい?」
郁夫は素直な気持ちを隠さず揶揄うように問う。
「そ、そ、そんなことないよ」
真理は図星を当てられて焦ってしまい言葉を詰まらせた。
「嬉しくないってことは、俺の事嫌いなんだ…」
「・・・・・・・」
嫌いじゃない!
大好き過ぎて、このままずっとずっと一緒にいたいくらい。
真理は心の中でそう思っても、答えることができなかった。
しかし、郁夫の顔を覗きながら、今の言葉を良いように解釈して考えてみれば、照れ隠しした告白のやりとりとも取れた。32年間彼氏ができなかったのに、返事をしっかり返せなかったら、これから先、郁夫を想う気持ちが叶わないどころか、もう彼氏ができないかも知れない。
真理は胸がドキドキ跳ね上がって飛び出しそうなくらい緊張を堪えながら、一生に一度の勇気を振り絞って答えた。
「き、き、き、嫌いじゃないよ。
い、い、郁夫くんは、す、す、す、好きだよ」
真理は言葉を詰まらせながら、産まれて初めて告白の返事を返すことができた。
「へー。俺の事好きなんだー」
心臓が飛び出しそうなくらい勇気を持って答えたのに、あっさり揶揄われたような返事が返ってきた。
その軽い返事が泣きたくなるほど悲しくて、とても切ない。
「そういう意味じゃない」
と悲しくなった気持ちを誤魔化すも、涙が溢れてきて、たまらず窓の外を見て誤魔化した。
車窓から流れる風景がいつの間にか高速道路の風景へと変わっていた。
郁夫と二人きりになれて舞い上がっていたのに、その想いが終わった。
高速道路へ乗ってから本社まで約一時間。その間、郁夫と二人きりの車内でずっと悲しい気持ちでいると思うと、もう帰りたい。溢れた涙が零れそうになった。
郁夫は成り行き任せへなってしまうが、アイスクリームが大好きな真理をもっと知り、処女も射止めて、心と身体をもっと知りたいと思っていた。
今の流れならそのタイミングだろう。
高速道路へ乗ってから安全確認が忙しかったので、ワンテンポ遅れて返事を返した。
「俺もそういう意味じゃないけど、真理ちゃん好き、かな…」
言葉だけではなく、真理の心も射止めるように手をギュッと握りしめた。
「え!? 」
どん底へ落ちた悲しい気持ちから急展開。
そういう意味じゃないけど、私が好き!
そういう意味じゃないけど、私が好き!
そういう意味じゃないけど、私が好き!
大事なことなので心の中で三回復唱してから、舞い上がる気持ちをぐっと抑え、真理も手を握り返した。
郁夫の手は真理の華奢な手より大きくてぶ厚い。なにより郁夫の体温が温かく感じる。真理も今までにないくらいの満面の笑顔を浮かべ、言葉を続ける。
「そういう意味じゃないからね…」
郁夫は結婚しているから素直に『好き』と言えない。『そういう意味じゃない』と言葉を付け加えてやんわりと誤魔化した告白をしたのだ。
つまり、郁夫は結婚をしているけど、今の瞬間、真理と郁夫の心が結ばれたのだ。
真理は生まれて初めて大好きな人とお付き合いができる喜びを隠そうともせず、ジッと郁夫を見つめた。
郁夫は運転に集中しているのか、真顔で運転している。
「真理ちゃん、そんなに見つめられると照れくさいよ。
俺は運転しているのだから、真理ちゃんもしっかり前を見て」
郁夫が真理へ声をかけても、真理は嬉しさのあまり耳に入っていない。
ずっと郁夫を想い、郁夫がちょっかい出してくるから好かれているかもという思いがあったからこそ、今の瞬間が信じられないのだ。
「…ねぇ、真理ちゃん。
…真理ちゃんってば」
純情な少女が告白されて固まってしまったように、身動きしない真理の反応から、少し面倒な子だったのかなとも思うも、前にもこんなことがあったなと、極度の恥ずかしがり屋だったことを思い出した。
握っている手を繰り返しギュっギュっと握って気付かせる。
「あっ!
ごめん。
つい、本社へ行ってからのことを考えていたから…」
真理は今までの想いや郁夫の態度が何度も繰り返し脳裏へ甦り、ぼっとしていたことへ気付き、何を言われたか分からないから適当に誤魔化してみるも、やっと叶った想いから真理もギュッと握り返して、決して手を離そうとはしなかった。
「俺の顔をぼんやり見つめながら、本社から先の事って、なんか嘘くさいなぁ」
「嘘じゃないよ。
本社から来る二人も久しぶりに会うなぁとか、前エリアマネージャーは元気にしているのかなぁとか、いろいろ思っていたところ…」
それから真理は、気持ちが舞い上がって落ち着かないのか、手を握ったまま一方的に話続けた。
郁夫は真理が32歳になって初めて彼氏ができたことを知っているから、温かい気持ちになって話へ付き合い、話を聞きながらもこれからの展開を考え、これからの楽しみを思いながら、早くこんな真理を抱きたい、と男心を踊らせていた。
「今日の真理ちゃんは随分おしゃべりだね。
やっぱり女性はおしゃべりが好きなんだね」
「そそそ、そんなことないよ。
郁夫くんが眠くならないように、話しているだけ…」
真理と郁夫はそれぞれ別の想いをしながら、車内で二人きりの時間を楽しみ、会話を楽しんだ。
それからしばらくして、その楽しい時間が終わろうとしている。
高速道路を降りて、本社近くまでやってきたからだ。
「はぁ…
もう、本社か…
もっと郁夫くんと二人だけで話していたかったなぁ…」
真理は素直な気持ちを隠さずつぶやいた。
そのつぶやきが耳へ入った郁夫は
「時間を見つければ、いつでも二人きりになれから…」
と、つぶやき返した。
もくじへ戻る


コメント